九七年のように景気がメルトダウンのような状況に向かえば、どんなに政府が構造改革を掲げても、市場の反応は「日本売り」だけである。
景気が底割れ状態で企業収益にもまったく改善の理由がない時に、日本の株を買おうという人はいないからである。
また、財政出動はカンフル剤であり、それがかえって必要な改革を遅らせるという意見があるが、現実は前述のように企業部門はこの間一○二兆円も有利子負債残高を圧縮するというバランスシートの修復に成功している。
またこの期間、日本の銀行は七○兆円もの不良債権を処理しており、彼らは決して何もしてこなかったわけではない。
むしろこのような大きな財務内容の改善を見落とし、景気対策をカンフル剤だと決めつけた不勉強な評論家たちこそ怠慢であったと非難されるべきだろう。
人々が日本の株を買う大前提は、景気が安定しているか、拡大しているかである。
そうでなければ、まともな企業収益の予測などできないからだ。
景気の安定がある程度確保された上で、投資家はどの企業のリストラが進んでいるかとか、どの企業に面白い新商品があるかを物色するのである。
一つは、改革を最も声高に叫ぶ政治家や学者、評論家が、痛みとは最も遠い場所にいることだ。
彼らはハローワークに通うこともなく、ホームレスになることもない。
経済的な問題が起これば、彼らには仕事が来る。
欧米の経済会議に出かけ、テレビに出演し、経済誌に華々しく載ったりもする。
(中略)欧米の経験から考えると、「痛み」がもたらすのは次のような現象だ。
祖父も父も息子も失業中の家庭。
ドラッグとヤミ市場の横行。
板を打ちつけた商店ばかりが並ぶ通り。
主要産業が崩壊した後、それに代わる産業が育たない地域。
これらは、日本が経済復活の代償として支払うのに値するものなのか。
そんなことはない。
日本人が「痛み」を求めるのは、自国の構造的問題の本質を誤解しているためだ。
一九八○年代にアメリカとイギリスが改革を経験したときは、インフレと慢性的な貿易赤字、自国通貨の弱体化に苦しんでいた。
今の日本は正反対だ。
デフレに見舞われ、貯蓄額はふくらみ、円高は行きすぎている。
(中略)政権をこう非難している。
「……経済的な「痛み」を感じれば、それを「成果」と取りちがえる。
景気が大幅に落ち込めば、これこそが構造改革だと思いこむ。
(中略)気がつけば、日本に「痛いことはいいことだ」の大合唱が起きている。
これはいったいなぜ政府は異常な『SM経済』を捨て、正常で健康的な『快楽』を国民に奨励すべきなのだ。
もしかすると、出生率も上昇するかもしれないし」このタスカ氏の指摘は、T氏やその取巻きに対する重要な市場の警告であり、痛みが発生すれば、やがて株は上がるという彼らの発想がいかに的外れであるかを示している。
またタスカ氏が指摘しているかつての欧米との違いは私もまったく同感で、この点については第5章で細かく述べる。
もう一つ補正予算や積極財政に対する反論として、再び財政を吹かせば長期金利は急上昇し、国債をたくさん持っている日本の金融機関は致命的なキャピタルロスを被るから危険であるという議論がある。
しかし、景気が良くなれば金利が上昇するのは当然で、金利が上昇したら金融機関が困るので景気を永久に悪くしておかなければならないというのは本末転倒である。
しかも、この議論は財政出動で景気が良くなれば株は上がるという点を完全に無視している。
それでは現実はどうかと言うと、「我、二兎を追わず」というキャッチフレーズで登場したO内閣は、バブル発生以後の最安値をつけた一九九八年一○月一五日の直後に大型補正予算を組み、そこからO氏が倒れる二○○○年四月一一日まで株価の時価総額をなんと二一三兆円も増やしたのである。
一九九八年一○月の時点での全発行済み株式のなかの金融機関保有分は、全体の一四・五%だったから一兆円の一四・五%、つまり三一兆円がキャピタルゲインとして銀行に入ってきたことになる。
この同じ時期に国債の利回りは○・八四五%から一・七七五%まで上昇した。
一九九八年一○月の金融機関の国債保有額が四三・七兆円だから、この金利上昇で金融機関が被ったキャピタルロスは最大でも約三兆円ということになる。
ということは、金利の上昇で国債に発生したキャピタルロスを差し引いても、O政権の積極財政のおかげで日本の金融機関は二八兆円のキャピタルゲインを得ることができたのである。
しかも、景気が良くなれば不良債権の発生頻度も落ち、資産価格も下げ止まるか上昇に転じる。
これらをトータルで見れば、財政出動で景気が良くなった方が、日本経済にとっても金融機関経営にとってもはるかに好ましいことがわかる。
金利上昇で発生する債券のキャピタルロスだけに注目するのはまったくのナンセンスなのである。
マーケットにはいろいろな考えの人たちがいるからこそ売り買いが発生する。
したがって、一生懸命さがせば前述のどこかの大学教授みたいなことを言う投資家も一人や二人はいるだろう。
しかし、ニューヨーク連銀の為替デスクから始まり、Nのシニア、そしてチーフエコノミストを務め、前述の「N金融新聞』のエコノミストランキングで実際に機関投資家から連続三年一位、そして「N公社債情報』でさらに連続三年一位と評価された者として、しっかりした財政による景気下支えなしに構造改革を進めることは、間違いなく市場の反発を受けることになると断言できる。
実際にK政権が誕生してから、米国で同時テロが発生するまでに株価の暴落で失われた時価総額は一○○兆円にも及ぶ。
すでに市場は、死にものぐるいの悲鳴をあげているのである。
K政権が発足したのとほぼ同時期の二○○一年三月末で全発行株数の約一○・三%を金融機関が保有していたことを考えると、K政権が誕生してから彼らはすでに一○兆円の損失を被った計算になる。
この間、国債の利回りがほとんど動かなかったことを考えると、この一○兆円はモロに彼らを直撃してしまったことになるのである。
ということは、それだけ景気も金融機関の体力回復も遅れてしまったことになる。
前述のタスカ氏が主張するように、政府は異常な「サド・マゾ経済」と早急に決別すべきなのである。
もちろん通常の世界では、前述の財政政策に加え、金融政策という景気対策がある。
しかも一九三○年代の大恐慌の記憶が消えつつある現在の経済学では、景気変動に対する最も有効な対策は金融政策であるというマネタリスト的な考え方が主流となっている。
実際に、財政再建を掲げ、しかも財政政策はもう限界だとするK内閣の金融政策に寄せる期待は異常なほど大きい。
K内閣の経済財政諮問会議が発表した経済政策、いわゆる「骨太の方針」のなかにも、「Nに対して適切な処置をお願いする」という文言とともに、「量的緩和」という言葉が書かれている。
T大臣も頻繁にNの政策決定会議に出席して、Nが一層の金融緩和に踏み切るよう要請してきただけでなく、Nが言うことをきかないならNの独立性をも剥奪しようとまで言い出している。
マスコミ論調でも、Nがもっと積極策を講ずれば景気が良くなるのではないかということがさかんに言われている。
しかし、これらのN悪玉論はすべてバランスシート不況への理解不足によるものである。
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